モイオットチャン・ストーリー 第六話 ケイゾーの場合

生まれは東京、住まいは大阪。こういったパターンで問題になるのは言語の問題。

僕の自意識が問題なのか、単純に気恥ずかしいからなのか、僕は関西弁を極力使わずに大阪で単身暮らしている。

世界一感染力が高い(?)関西弁に抗いながら大阪で生きるのは、正直に言って並大抵のことではない。

「なんでやん」「ほんまアカンぞ」「大根の炊いたん食べるか?」

これらの言葉が飛び交う中で生活していると、僕がお薦めした本が褒められたときなんかは、つい「そやねん!」と言ってしまいそうになることがある。でも僕は、その欲求をこらえて「そうなんですよ(だよ)」と言うようにしている。


ただ、こんな僕でも一つだけ使ってみたくなる言葉がある。それは「知らんけど」だ。

「それなら、絶対こっちのほうがいいよ……知らんけど」

自分で提案しておきながら(しかも絶対と言っておきながら)責任を負わないスタイルに関西の清々しさというか、茶目っ気があるような気がして僕は好きだ。

関東圏でこれに対応する言葉があるだろうか? 

「こっちのほうがいいよ……知らないけど」

うん、これじゃ身もふたもない……というかシンプルに感じが悪い。


誰にでも、責任を負わなくていい時期がある。

僕にとってのそれは学生時代(つまり東京時代)だった。


井の頭線や中央線に乗って、お気に入りのレコード屋を巡り「俺だけのバンド」を探し歩いたり、彼女に薦められた本や映画に夢中になって一夏を過ごしたり、勉強をせずに友人と飲み歩いて単位を棒に振ったり……あの季節に「責任」は存在していなかったように思う。


後悔することもたくさんあった。

というよりも、あの時の僕は後悔が服を着て歩いているようなもので、ザ・イエローモンキーの名曲「JAM」の中に登場する「過ちを犯す男の子」は自分のことだと思っていたぐらいだ。そして「涙化粧の女の子」は……。まあ、それはいいか。

とにかく後悔することがたくさんあった。でも、こうも思う。後悔ばかりの人生に後悔はない。


東京の友人が遊びにくるということで、僕は彼を連れて大阪の名所と言われる場所を巡った。大阪に住んでいると、案外、観光地には行かない(東京に住んでいる人が東京タワーに行かないのと一緒だ)。それに僕は元来、自分の生活圏に「俺だけの場所」を見出すタイプの人間だ。僕は彼と歩きながら大阪を初めて見るかのように歩いた。

でも、僕も彼も観光地にはさほど興味がない。僕たちは早々と観光を切り上げ、古本屋やレコード屋をぶらぶら巡るという、学生時代となんら変わらない過ごし方をした。


「ねえ、たこ焼き食わない?」

彼は屈託なく笑いながら言った。

「大阪っていったらたこ焼きっしょ」

普段は、ロックだ、文学だ、と騒いでいるくせに案外ミーハーなところがある男だ。僕は承諾してたこ焼きの材料を買って家に帰った。


「え、家にたこ焼き焼き器あんの?」

彼は驚いて、スゲーを連呼している(なんだよ、たこ焼き焼き器って)。確かに、東京に住んでいたときにたこ焼き器は所有していなかった。僕も少しずつ大阪ナイズドされているのかもしれない。


たこ焼きに『モイオットチャン』をかけて食べた。


「大阪にあるのか知んないけどさ、これかけてみてよ」

彼は、緑色のボトルを取り出してテーブルの上に乗せた。

「モイオットチャンっていうんだけどさ、けっこうイケるよ」

僕は食事に関しては保守的で、あまり挑戦することはない。だけどこの日は、ちょっと挑戦してみてもいいんじゃないか、という気になっていた。それは友人の屈託なさが理由なのかもしれないし、過度な飲酒で気分が高揚していたからなのかもしれない。

僕は未知に向かって手を伸ばした。

「……美味い」

辛味と酸味がマイルドなソースと混ざり合い、いいアクセントを生み出している。僕は何本目かの缶ビールを開け、何度目かの乾杯をした。

「美味いっしょ? カルディで売ってるからこっちでも買えるんじゃん?」

彼は得意気に話す。


僕はなぜか、牧歌的な風景の中でギターが鳴らされる情景が頭に浮かんだ。

「……フジロックでさ、なんか知らないバンドだけど、名前がイカしてるから観てみよ。ってステージ行ったらさ、わけわかんないリズムと、輪郭のないメロディと、歌だけちょっと切ない感じで……でも、まったく聴いたことない音楽で、でも、めちゃくちゃ最高じゃん……って感じの味だな」

彼は噴き出した。

「なんだよ、突然?」

「もうね、味というより、アティテュードの勝利だと思ったね」

「アティチュード?」

「そう、アティチュード」

そう言って僕は、「あ、ここかな?」と思った。そしてビールを一口飲み込んで、高らかに言い放った。

「知らんけど」

そう、この日の僕――僕たち――には、責任というものは存在しなかった。というか、今だって本当は責任なんかないのかもしれない(だって学生だった二十年前と何が違う?)。

とくに友人とこうやって同じ時間を過ごしているときには。

ステレオから流れるのはディストーション・ギター。リアム・ギャラガーは「今夜、俺はロックンローススターだ」と歌っていた。 



ちょい足しレシピ たこ焼き


【材料】

たこ焼き粉100g

水300cc

卵1個

青ネギ

あげ玉(天かす)

真だこ(茹で)

青のり

鰹節

ソース

マヨネーズ

モイオットチャン


【作り方】

①ボールに粉と卵を入れてダマにならないようにかき混ぜる

②具の準備をしている間にプレートを温める(なぜか大阪に住んでいる人間の家にはたこ焼きを調理する器具がある)

③プレートが温まったらタコを投入

④生地を流し入れて、あげ玉、青ネギをどっさり入れる

⑤焼く

⑥くるくるする(ここが見せ場と張り切る人間がいる)

⑦ビールの準備をしてお気に入りの音楽をかける

⑧ソースとマヨネーズをかけて、モイオットチャンをちょい足し

⑨この美味しさを自分だけの表現で相手に伝える(伝わらなくても自分なりの言葉で伝えるのが大事。それがアティチュードの勝利。知らんけど)


アティチュードの勝利なたこ焼きレシピ



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